ITを応用した建築生産技術が
未来の建設現場を創り出す

建築学科 講師
石田 航星Ishida Kosei
専門分野:建築生産
2018年度インタビュー

Q 建築学科の魅力を教えてください。

早稲田大学建築学科は、私立大学では最古の歴史を誇ります。100年以上の長きにわたり、民間を中心に数多の人材を輩出してきました。
建築学科といえば意匠設計が有名ですが、構造設計や主に設備を担う環境分野、私の専門である建築生産分野、さらには都市計画、防災分野、果ては建築史に至るまで、実に広大な学問領域をカバーしています。ほとんどの教員は実務に携わっているので、実践的な指導を受けられることも大きな魅力です。このような環境で学んだ建築学科出身者の活躍により、今日「早稲田建築」と称される独自のポジションが創り上げられたのです。
建築学科のOB・OGは建設業界だけでなく、あらゆるフィールドで活躍しています。メーカーやTV局、広告代理店に入社する人もいるほどです。就職に際しては選択肢を狭めることなく、自分に合った仕事を見つけてほしいと思います。

建築の最終段階
「建てる」工程を一手に担う

Q 石田先生の専門分野について教えてください。

ITを用いた建築生産の研究を専門としています。建築生産とは、建築物の企画、設計、施工まで「建てる」作業全般を総合的に扱う分野です。
建築物は設計図面を引くことから始まります。その図面をもとに構造設計の専門家が構造計算をして、その後に環境分野が設備選定をします。一通り二次元での作業が完了したところで、我々建築生産分野の出番がやってきます。図面を「三次元=実際の建物にする」工程を担うのです。
設計図面には建築家のこだわりが詰まっていますが、忠実に再現するだけでは、コストや納期に合わない場合もあります。意匠面を優先する部分もあれば、機能と費用を鑑みて思い切って省略する部分もあります。そのあたりを調整し、設計者と施主の双方が納得するかたちに落とし込む仕事です。なので、建築物の「プロデューサー」と言われることもあります。
この分野では、施工手順の検証をしたり、インタビューをもとに作業環境を評価したりするような建設現場に足を運ぶ研究が主流です。そんな中で、私はITを建築生産に応用する研究をしています。
わかりやすい例を一つ挙げるとすればVRでしょうか。施主と設計者の合意形成に役立てたられないかと考えているのです。図面は一般の人にとっては、具体的なイメージを持つのがなかなか難しい。完成後に「説明されていたものと違う」とクレームを受けることがままあります。VRを活用すれば身体感覚を持って「図面を味わう」ことができます。これにより行き違いは格段に減るはずです。

カメラに手をかざすと画面内にも手が現れ、ものを掴んだり、移動したりできる。

Q 石田研究室には他にどのような研究がありますか。

IT技術を使ったものだと、レーザースキャナーで建築物の形状をミリ単位で測定し、人間では知覚できないような凹凸や歪みを視覚化する技術があります。
例えば、今いる研究室の床は中心が1.5cm、天井は窓側に1cm沈んでいます。しかし、これらは施工技術の問題ではなく、校舎の自重によってそうなっているのです。大きなズレに思えるかもしれませんが、研究室の奥行きは40m。誤差は1/1000未満に過ぎません。違和感を覚える人はほとんどいないでしょう。
日本の施工技術は世界でも非常に高いレベルにあり、職人の技術水準は特に高い。天井や床を見ただけで、微妙なズレや歪みまで見抜きます。しかし、少子高齢化が進む中、この先も同じように職人の技に頼り続けることは難しい。ITが少しでもその代わりを担える可能性があれば、追求していきたいですね。

先の見えない時代だからこそ
建設業界もITの知見を持っているべき

Q 研究の醍醐味を教えてください。

常に新しい技術を追いかけられるところです。私の恩師である嘉納成男先生の教えは新しい技術を常に追いかけ、建築に応用していくことでした。ITの分野は最新技術が次々に現れます。恩師の教えを体現できる一番の分野ではないでしょうか。
ITの話ばかりになってしまいましたが、私はもともと建設現場が大好きなのです。高層ビルを見ても、あれだけ高い建築物を短期間で作り上げる人間の力は、何度見ても素晴らしいと思います。特に、とてつもない重量を軽々と動かす技術力には、思わずため息が出ます。
例えば建設中の東京体育館の屋根は数百トンありますが、地上で組み立てたものを重機で持ち上げて設置しました。また、丸の内の日本郵政のJPタワーは、曳家※1という技術を用いて、建物をそのままのかたちで1メートルほど移動させています。驚くほどの技術を持っているのに、日本のゼネコンはそれを当たり前だと考えているのか、積極的なPRは行っていないようです。 公共事業との関わりが深いこともあり、時に風当たりの強い業界ですが、学術面から彼らを支えられたらと思っています。
※1 建造物を基礎から切り離し、解体することなく移動する技術。

Q 今後の建設業界を見すえた展望を。

10年後の社会は誰にも予想できません。極端な話をすれば、GAFA※2がゼネコンになっているかもしれないし、海外の最新技術があっという間に日本を席巻しているかもしれません。IT技術に国境はないので、現在の建築のあり方を根底から覆してしまう未来もあり得ます。一方で、現在の建設業界はそのような未来は想定できていない。だからこそ、私のように最新の技術動向を知っている人が、たとえ少数でもいた方がいいのです。
IT技術にキャッチアップし続けるのは楽しい反面、苦しいことでもあります。真剣に学んだところで、研究が軌道に乗った頃に廃れることもないとは言えません。なぜこんな先の読めない分野に手を出しているのかと自分でも思うことがありますが、結局のところ好きだから続けているだけなのです。 研究室の学生も、好きな気持ちを大事にしてほしい。好きなことなら、変わった研究にも手を出してもいいでしょう。派手に失敗したとしても、それも振り返れば良い思い出になるはずです。とにかく研究を楽しんでほしいですね。
※2 Google、Amazon.com、Facebook、Apple Inc.の4つの主要IT企業の頭文字を取って総称する呼称。