なぜ、我々は勉強しなければならないのか
今後、何を勉強すべきなのか

社会文化領域 教授
熊 遠報XIONG Yuanbao
専攻分野 歴史社会学 都市史研究
2017年度インタビュー

早稲田大学理工学術院で人文社会系の研究を学べる社会文化領域に所属する教授として、これまでに様々な方から多くのご質問を受ける機会がありました。ここで、簡単はありますが、代表的な質問にお答えしたいと思います。

質問①「どうして勉強しなければならないのか?」

少し大げさに聞こえるかもしれませんが、勉強は文明社会に生きる人類の宿命だと私は考えています。勉強は、決して逃げることのできない宿命なのです。
人間は生まれてから学習しないままで生きていくことはできません。どのような社会に属して、誰と結婚し、どのような友達・社会関係ネットワークの中で、どんな暮らしをするのかは、勉強した結果によって決まります。
まず、必要なのは社会人としての教養です。社会に通用する常識、モラルの遵守、健全な人格、そしてコミュニケーション能力などを習得しなければなりません。その上で、より良い暮らしを送るためには、体力、行動力、働くために必要なスキル・知識などが求められます。勉強は、いわば「社会に入る資格」「社会人になるためのチケット」なのです。

質問②「何を学習すべきか?」

高等教育機関である大学は専門的な知識を教える場ですから、学部・学科が一定の分野に集中し、他の領域を遮断せざるを得ないのは当然のことです。しかしながら、21世紀に入り、情報量は爆発的に増加。時代は急速に複雑化し、どんな小さな問題でも様々な分野・領域の知識を活用しなければ、解決できない時代になりました。
このような時代には、現在取り組む研究対象だけでなく、「物事をどのように考えるか」、つまり「思考」の仕方を学ぶべきかもしれません。数学・物理の考え方と、歴史学の考え方とは異なります。そうした考え方の相違がわかれば、他の分野・領域の専門家と協力する際、相手がどのように考えているのかを理解しやすくなるでしょう。また、新たな学問分野にも挑戦しやすくなるはずです。

質問③「理工系の学部で、なぜ人文社会の知識を学ぶのか?」

早稲田大学理工学術院で人文社会系の学問を学べるようにしているのは、理工系の学問だけでは、以下の3点の修得が難しいからです。
1.自己認識
自分がどういう存在なのかを認識することは、一生、求められます。たとえば、仕事をする上で、自分にどういう能力があるのかを認識しておくことは有用です。自己認識は他者との関係性と密接に関わりますから、この能力は社会認識、文明全体の認識にまで拡大することができます。
2.社会人として合格かどうか
法律を守る。モラルがある。マナーを守る。こうしたことも理工系の学問だけでは習得できません。コミュニケーション能力も含めて、社会人として守らなければならないことを学びます。
3.人生設計
人生をどのように過ごすか。誰と結婚するのか。人生で成功できるかどうか、幸せになれるかどうか。このような人生における重要な問題は、論理的なアプローチでは解決できません。実践し、試行錯誤するなかで答えを見出すべきものです。実践のヒントは人文社会科学から多くを見いだせます。

以上のような必要性とともに、様々な可能性、重要性及び魅力を鑑み、世界の著名な大学では、学部生の人文社会科学教育を重要視しています。ハーバード大学では『中国古代の哲学』を選択する学生が毎年新入生の半数に近いのですが、教養科目の中では『経済学原理』、『コンピューターサイエンス』に次ぐ人気科目です。毎週このクラスを担当している教員は旧知の仲なのですが、彼女によれば、この科目を履修する理工系学生の成績は突出しています。人文社会科学系の科目の履修は、理工系の科目に相乗効果をもたらすのです。

質問④「グローバル社会で求められる能力とは?」

2015年、私はハーバード大学に1年以上滞在し、世界最優秀の学生たちと交流しました。彼らを見て感じたのは、グローバル・リーダーには高い見識と教養、広い視野、そして、コミュニケーション能力が備わっているということです。特に彼らと比較して、日本の学生には、コミュニケーション能力、なかんずく語学力が求められるでしょう。
ハーバード大学出身で、世界的な影響力を持つ、facebook創設者マーク・ザッカーバーグは中国語で1時間以上も講演する能力があります。私は実際に彼のスピーチを聞きましたが、十分に通じる中国語でしたし、何より心を打つものでした。
彼らこそ、早稲田の学生のライバルです。彼らに比肩するためには早いうちに海外に留学すべきだと思います。可能ならば数週間の短期留学ではなく、半年から1年以上留学すべきです。そこで異文化交流のあり方を経験しておくことが、社会に出てから、世界で活躍する上でのアドバンテージになるからです。

人材が陸続と生まれる群雄割拠の時代
その意外な要因とグローバル社会のヒント

私の専門は中国の歴史を中心とする歴史社会学です。特に16世紀以降、中国が東アジアから東南アジアの一部地域とどのように貿易・交流を結んできたのかについて研究してきました。最近では都市史・環境史に関心があり、中国の首都・北京の環境がどうだったのかを調べています。環境史は20~30年前、アメリカでできた新しい研究分野で、環境問題はますます大きな影響を及ぼす中、古人・先人の知恵に学ぶことが一つの目的です。
しかし、中国環境史に関する科学的データが残っているのは主に20世紀以降で、それ以前のことは詳しくはわかりません。ですから、創造理工学部の環境資源工学科や建築学科などの知識が必要なのです。
創造理工学部は理工系のなかでも文理融合が進んでいる学部だと思います。その目的は、理工系の人材群が、より人間らしい社会をつくっていけるようにするためです。たとえば、ゴミ処理場を作るためには社会環境工学科の知識が必要ですが、どこに設置するかは、人文社会科学の知識が求められるかもしれません。効率性を考えたら、経営システム工学科の知識が必要です。また、日本では少子高齢化が進んでいますが、総合機械工学科で研究するロボットは介護など、人間の心理を知らなければできない分野への応用が進んでいます。
このように、創造理工学部は理工系の知識を、人間社会の問題解決のために活用したいと思う人にうってつけの学部です。興味があれば、ぜひ一緒に学びましょう。