企業には、研究成果が
現実になる喜びがある

鹿島建設株式会社
技術研究所 土木構造グループ 上席研究員
新井 崇裕Arai Takahiro
1993年 土木工学科卒業
平嶋政治研究室
2018年度インタビュー

Q どのような研究開発をされているのですか。

端的に表現すれば、100年以上維持でき、地震や津波などにも強い橋やトンネルなどのインフラストラクチャー(構造物)を造るための研究開発です。それも、材料の技術開発ではなく、様々な特徴のある材料を組み合わせてベストな構造物を考える構造の技術開発の方です。少子高齢化が進む日本には、更新(古くなった構造物を壊して新しいものに造り替えること)をくり返すだけの十分な予算や労働力がありません。ですから、更新の必要のないメンテナンスフリーな構造物が求められています。
ひと昔前は、コンクリートは半永久的に長持ちする材料と認識されていました。しかし、東京オリンピックに伴う建設ラッシュで造られた構造物が約50年を経過して劣化が見られるようになりました。ここで、コンクリートといえども、メンテナンスフリーではないと認識が変わってきたわけです。
そして1995年の阪神・淡路大震災で高速道路が倒壊するという事態が起こりました。あのような事態を再び起こさないためには、これまで以上に地震に対して強い構造物を造らなければなりません。経年劣化しにくく、地震などの偶発的に生じる力に対しても負けない強靭さをこれからの構造物は備えている必要があります。このように耐久性が高く防災・減災に寄与する考え方を高レジリエンスといいます。

Q 高レジリエンスな構造物とはどのようなものですか。

では従来のものとどう違うのか。
橋を例にとると、現在の設計方法では、大地震と言われる大きな地震が来ても、橋の機能が損なわれないように設計されています。しかしながら、現在想定したよりも大きな地震が来たり、設計時には想定できなかった(気付けなかった)見落としがあったりする場合もあります。例えば、大地震のときに橋が倒壊したり、集中豪雨で橋が流されることも現実に起こっています。これは、構造物を造ったときの設計の考え方が不十分であったり、計画時には想定できなかった事象が生じるためです。このような事態になっても、橋の性能に冗長性(余裕シロ)があれば、想定外のことに対する耐性が上がります。このような考え方に基づいて設計される構造物が高レジリエンスといえます。現在の設計に対してそれほど建設費用を増やさずに高レジリエンスを実現できる技術が求められています。今は、通常よりも高い強度の鉄筋を用いて地震に対する冗長性を付与する技術に取り組んでいます。

構造物の劣化を見越して
早期に予防保全を施す

Q 他に取り組まれている分野はありますか?

既存の構造物の維持管理に関する分野でしょうか。前述の高レジリエンスの話は主に新しく構造物を造るときのものでした。一方で、これまで造ってきた構造物をどのように維持管理し、これからも有効に活用していくにはどうしたらよいのか、大きな社会的課題となっています。構造物の維持管理は、よく人間の健康管理に置き換えられて考えられます。人間の健康管理で一番大切なのが医者の診断であるように、構造物の維持管理においても「診断」が特に重要で注目されています。構造物の性能は環境作用によって時間とともに下がってきますが、時期を見計らって補修すれば軽い補修で性能は回復します。これを予防保全といいます。まず構造物の検査をし、異常が見つかれば、もっとも最適なタイミングで必要な補修「だけ」をすることで、工事費用を節約できます。
最新の調査技術をいくつか紹介しましょう。カメラでひび割れ箇所を撮影して解析したり、加速度センサーを橋桁に設置して、自動車が通過する際の橋桁の振動やたわみを計測することで、劣化の進行状況を調べたりします。個人的に関心があるのは、光ファイバーによる構造物のひずみ検知技術。橋梁やトンネルの中に光ファイバーを仕込んでおいて構造物に生じるひずみや温度を計測します。インフラストラクチャーは100年にも及ぶ長期間使用するものです。それを検知する技術も同じように耐久性がなくてはなりません。その点、光ファイバーはコンクリートに埋設すると同じくらいの耐久性があります。これらの調査技術を使って構造物の状態を診断するのが今後技術者の大切な役割になってくると思います。

Q 最後に、企業の研究職の魅力を教えてください。

自分の研究成果が、橋やトンネルというカタチになって社会に残せることです。私は25年の会社員人生の、実に22年を研究開発で過ごしました。残りの3年のうち1年は設計、2年は現場に出ましたが、それは、自分の研究成果である新技術を用いた橋に携わるためのものでした。設計部門では、自分自身の手でその橋を設計し、現場では日々形になってゆく様を体験できたのです。大学の研究は最先端の技術に触れられる喜びがありますが、企業の研究職には、研究成果が現実になる喜びがあります。

東名高速道路・内牧高架橋