人型二足歩行ロボットは
学問、産業、そして国籍の垣根をも超える

総合機械工学科 教授
高西 淳夫Atsuo Takanishi
専攻分野 ロボット工学
2013年度インタビュー

以前は「何の役に立つの?」と言われていた

今でこそ人型二足歩行ロボット研究のメッカと言われる早稲田ですが、ほんの十数年前までは「人型ロボットは何になるの」と学会でも言われていました。僕の指導教授の加藤一郎先生は1960年代から人型ロボットを研究し、特に二足歩行ロボットに最初に手をつけた人ですが、「鉄でできた二本足の機械なんか歩くはずないから研究やめろ」って、同じ学科の教授から言われ、“絶対歩かせてやる”って決意を新たにしたそうです。
そういう不遇の時代が長く続いたのも事実です。加藤先生の本当に偉いところは、“どうしても人型二足歩行ロボットの研究をやり遂げるんだ”という強い心を持っていたことですね。加藤先生があと10年生きておられたら、今日のロボット社会をご覧いただけたのに、と思います。

なぜ人型二足歩行ロボットか。加藤先生は常々「二本足のロボットが人と同じ運動をして、人と同じように歩けば、人間の歩行をロボット工学的な視点から解明できる。ロボットの技術を使って人間を科学することができる」と、おっしゃっていました。僕はその言葉に感銘を覚えました。
現在、東京女子医大のリハビリの先生と一緒に歩行障害の実験計測データを取って、データをもとにロボットに同じ歩行をさせる計画を立てています。ロボットが障害を再現しデータを得ることで、効果が高いリハビリテーションの方法を探ることができます。また、義肢装具士の方が長年の経験と勘で作っている義肢も、このデータを元にすれば、理論と数値に裏打ちされた設計が可能になります。器具としての信頼性や機能性を高めることが可能になるのです。

医療トレーニング用ロボット

次に、二足歩行ではありませんが、人型ロボットで医療トレーニングに利用されている主なものを紹介したいと思います。

まずは早稲田の特許をもとにテムザックが開発した「デンタロイド」です。10年ぐらい前から昭和大歯科の先生と共同研究で、医療トレーニングの問題点解消のために取り組んできました。以前は学生さん同士で練習をしたり、小さな人形を使った簡単な練習をしていたわけですが、そこに人型ロボットを活用することにしたのです。このロボットは、喉の奥をウッカリ触ったりすると咳をしたり、嫌な顔をして手で払いのけたりするんですよ。 気管挿管という技術をトレーニングするロボットも京都科学から発売されます。手術で全身麻酔をする時は息も止めてしまうので、人工呼吸器につなぎ、口から肺までL状の道具で持ち上げつつ、チューブを口から肺に入れていきます。その技術が非常に難しくて、声帯を破ったり、歯を折ったりなどの医療事故が多いらしいんです。 通常の麻酔をかけて行う手術以外でも、交通事故などで心配停止になった場合など、緊急医療の現場で気管挿管の必要があります。しかも気を失った人は舌根沈下といって舌の根元が落ち込んで気道をふさぎます。それで呼吸ができなくて亡くなる人も多い。それでこれをトレーニングするロボットとして上半身のヒューマノイドを開発しました。医療トレーニングロボットなら、簡単な症状からめったに無い症状までありとあらゆる状況を再現できるので、それぞれの状態にあった気管挿管のトレーニングができます。 以前に京都科学とともに、手術手技を練習する装置を開発しましたが、実際に東京女子医大の心臓外科の先生から岐阜大付属病院の消化器外科の先生まで、プロフェッショナルに我々が作った装置で手術をしてもらってデータを集めました。同時に学生や医局に入ったばかりの人たちのデータも集めた結果、手技を点数で現わす数式が見つかり、今は製品化されています。 医療トレーニング用のロボットにセンサを組み込み、ロボット制御で使う評価関数を入れれば、手術の手技を点数で表現することが可能になります。今後は医療トレーニング用ロボット全体に自動採点機能もつけていきたいですね。

実は、2年半ぐらい前に、僕自身が死んでもおかしくない事態に直面したのです。感染性の心内膜炎と診断され緊急入院しました。精密な検査の結果、心臓の弁が破れて逆流していることも分かった。今、この様な場合は人口弁置換といって機械式の人工弁に取り替えます。そうすると一生大丈夫なのですが、ワーファリンという血が固まらなくなる薬を飲み続ける必要がある。 ワーファリンを飲むと、納豆や緑黄色野菜など、普段食べているものも含めて食事制限が極端に増えてしまうんです。僕は海外出張の機会も多いから、そんな食事制限は無理。そこで破れている心臓の弁を縫い合わせる手術に変更しました。そうなると、手技が上手な人にやってもらいたいですよね。僕の場合は大学関係の知り合いから「この人なら」という先生を紹介してもらえたけれど、多くの人は何も知らないまま手術を受けることになる。 そういう経験をしたので、今まで以上に医療トレーニング用ロボットの重要性を改めて感じましたね。

ロボットは学問、技術、国籍の全ての垣根を超えている

ロボットは自動車以上に裾野になる技術分野・産業分野が広い産業です。
センサも色々なタイプのセンサを使います。材料も金属から樹脂やシリコーンなどの新素材まであらゆるものを試します。コンピュータも小型で高性能なものが大量に必要です。
言語を聞いたり、読んだりするためには語学の能力も必要になります。また、言葉だけではなく日本人ならお辞儀、欧米なら握手だったりハグだったりといったジェスチャーも知らなくてはなりません。そこを理解するためにはコミュニケーションのための心理学や、文化的素養も必要になります。文系の人がロボット設計に求められているんです。

様々な国の研究者が、人間型二足歩行ロボットを造りたい、と早稲田に来て研究しています。ヨーロッパではFP7という科学技術研究の基金を運営する組織が、3年ぐらいかけて人型ロボットを使って人間の科学的解明を行おう、という研究を進めています。
人型ロボットを造り上げていくのには、産業も学問も国籍も垣根がありません。だから研究者は、友達と仲良くできるコミュニケーション能力が一番大事なんです。仲良くできないとまともなロボットはできません。ロボット工学は総合技術ですから、異分野で様々な技術を持っている人たちが、一つの目的を全員で達成するという能力がすごく重要なんです。

これからのロボット工学の進むべき道

これからの目標は、ロボットの産業化を進めていくことです。現在のロボットは科学の道具として、単品で一発モノで、いろいろなモノを作っていますが、まだ産業と呼べるには至っていません。 一方で、NASAが人型ロボット・二足歩行の研究を始めていますし、米軍はグランドチャレンジという人型ロボットの実験的コンペを始めました。日本は今、人型ロボットの分野でトップクラスですが、アメリカなどが巨大な資金にモノを言わせるような研究を進めると、ウカウカしていられません。米軍が何兆というお金をかけたら人型ロボットの兵隊がいっぱいできるのではないか、と悲観的な見方をする人もいます。
では日本も兵隊ロボットを作ればいいのかというと、違うと思います。災害や病気などで困っている人たちをサポートできるようなロボット技術を平和的に展開していくことが、日本の強みを生かすことにつながるはずです。

最近、実際に九州大学医学部の先生とともに、人形ロボットで外科手術を補佐する、基礎的実験を始めました。人がいる環境では、机や椅子のサイズやはさみの形を挙げるまでもなく。人型をしたロボットがぴったりマッチするのです。
こういったぶんやで世界に貢献していくことが、ロボット工学の進むべき道だと思っています。