次の時代の建築を模索し続ける

早稲田大学芸術学校 准教授(当時)/Eureka(エウレカ) 共同主宰
稲垣 淳哉 Inagaki Junya
2005年度 修士課程修了
2020年度インタビュー

Q 教鞭を取られている早稲田大学芸術学校について教えてください。

早稲田大学が設置する、夜間の建築デザイン専門学校です。18歳から60歳代まで、幅広い年齢層の約40名が講義を受けています。
建築を専門に学んでいない人が主な対象ですが、授業はハイレベルです。たとえば製図の授業では、近代建築家の三大巨匠の一人に数えられるルートヴィヒ=ミース・ファン・デル・ローエの「ファンズワース邸」の改築案を制作する課題を出しました。
ファンズワース邸は、全体がガラスで覆われた建築で、彼の手がけた最高傑作の一つとされています。白で統一された外観と、地上から1.5メートル床を高く持ち上げて浮遊感を演出したフォルム、そして最低限の部材だけを用いた無駄のない設計が、世界中にセンセーションを巻き起こしました。
学生は彼の建築手法を学ぶだけでなく、ミースの作風に影響を与えた人物──たとえば画家のパウル=クレーとの関係──まで調べあげます。その上で現代建築に与えた影響を自分なりに考察し、設計に落とし込んでいく。求められることは高度ですが、学びがいのある授業です。
芸術学校で教鞭を取ることは私自身の学びにも繋がっています。あるとき課題の下調べをしているなかで、水に浸かったファンズワース邸の画像を見つけてショックを受けました。建物の前を流れるフォックス川が、気候変動によって増水し氾濫したのです。
しかし、そこでファンズワース邸の思わぬ機能に気づくことができました。高床建築は川の氾濫に備えるためのものでもあった。
学生の頃は、浮遊する三枚の床のみで住宅を成立させるスタイルは、ミースの美学だと思っていました。なぜなら空間を贅沢に使った手法は、彼の名言「Less is more.(より少ないものは、より豊か)」そのものだったからです。しかし今考えれば、氾濫対策という実用性も備えていたのです。ミースのすごさを思い知らされましたね。

自然と共生し、コミュニティを作り出す建築を作りたい

Q 建築設計事務所の経営もされているそうですね。

建築学科時代の仲間4人で作った「Eureka(エウレカ)」という建築事務所を共同主宰しています。私が計画を担当し、他のメンバーが意匠、構造、環境の設計をそれぞれ行うことで、建築物を総合的にデザインしています。
モットーは集団性(コレクティビティ)。これはメンバーそれぞれの得意分野を活かし、クライアント、さらには地域社会と一体となって建築物を作り上げることを意味します。
設計から施工、完成まで、すべてのプロセスで合意形成することを重視するので、メンバーはもちろん、クライアントと意見が対立することも珍しくありません。そんなときには、たとえ一時的に関係が悪くなっても、とことん話し合う道を選びます。一つの建物を共に作り上げるチームだと思っているからです。
このような制作方針は、これまでの建築に対するアンチテーゼです。
街には効率を優先し、無個性な住宅が建ち並んでいますが、それは産業化した社会の弊害だと私は考えています。
また長い間、この国では新築を「買う」ことが重視され、「住む」ことの価値が軽視されてきました。私たちEurekaは人口減少や地球環境の変化に合わせて、現代のライフスタイルに応じた建築を考え、つくっていきたいと思っています。

オフィスにある模型の一部

若手を応援することは
早稲田の伝統

Q 設計の具体例を教えてください。

2013年に竣工した「ドラゴンコートビレッジ」という集合住宅です。これは愛知県岡崎市竜美丘に建てられた木造マンションで、サイズが異なる9戸の住宅をジグザグに配置しました。これは屋外を快適に感じられるように、風が通り抜けやすいように意図して設計したのです。住人同士が室内に閉じこもるのではなく、むしろ自然に人が集まるような、地域コミュニティの核となる場所を目指しました。
設計のきっかけは、2008年の東海豪雨でした。
ドラゴンコートビレッジが建てられる前には古い長屋があったのですが、豪雨の被害で擁壁※が崩れてしまい、建物倒壊の危険性がありました。私の出身が岡崎市というご縁もあって、Eurekaに建て替えの依頼が来たのです。
建物のモデルとなったのは中国や東南アジアの伝統的な集落。これらの住宅は家の中で外でもない「半屋外」の空間を持っているのが特徴で、住人のコミュニティ形成に応用できないかと考えました。
ドラゴンコートビレッジでは2階・3階に住居空間を作り、1階の空間は住人が憩える共有スペースとしました。さらに、小さな店舗を開きたい入居者のために、店舗用のスペースも確保しました。たとえば昼間は1階で店舗を営み、夜は2階で眠るというライフスタイルが可能です。実際に、八百屋やネイルサロンを営む方が入居しています。
建物を囲うように駐車場を配置することで、敷地自体が実際よりも広く感じられます。また、たとえ豪雨の被害にあっても地盤が緩まないように、コンクリートよりも水分の浸透性の高い、砂利やチップを敷きました。
さらに、細い柱を用いながら固い壁で耐震性を担保するという大胆な構造設計で、開放感がありながら頑丈な建物を実現しました。このような賃貸住宅は他には見られません。あらゆる住人のニーズに対応した建物を作ることができたと自負しています。
※斜面が崩れないように地中に構築された壁状の構造物。

ドラゴンコートビレッジの詳細はこちら

毎回の仕事に妥協なく取り組むことが
新たな建築への準備になる

Q これからの展望を。

これまで様々な地域で建築を手がけてきましたが、実は7年ぶりに岡崎市で設計の案件があります。河川敷の付近に建てられる大規模複合施設で、これも自然との共生が一つのテーマです。ドラゴンコートビレッジで取り組んだことの発展版ですが、プロジェクトの規模は20倍。
どんなプロジェクトへの誘いが来るか毎回予想がつかないので、いつも試されているような気持ちです。しかし早稲田大学芸術学校でオーセンティックな建築に触れ、Eurekaで新たな建築に挑戦するというその繰り返しが、常に次の建築への準備になっているはずです。それが発見(Eureka!※)となって現れるように、妥協せずに仕事に邁進していきます。
※ギリシャ語で「発見した」「わかった」の意。アルキメデスが叫んだとされる。