意匠性と構造の安定性の両立を探求する
「建築構造デザイン研究」

建築学科 教授
早部 安弘 Hayabe Yasuhiro
2022年度インタビュー

相反する要求を叶える構造設計

私の研究室では、「建築構造デザイン研究」というテーマを掲げて主に二つの研究をしています。 まず一つ目が、構造の安定性と意匠–所謂デザイン–を両立させる研究です。 柱に負荷をかけていくと、ある時点で“ぐにゃっ”と曲がってしまいます。これを座屈現象と言うのですが、当然、柱や梁が細くなればなるほど、座屈が起きやすくなります。では、太くすれば良いかというと、ただ太いだけの柱や梁は空間を圧迫しますから、好まれないことが多いですね。さらに建築家によっては屋根を薄くしたい、壁を曲げたいという要望が出ることはよくあることです。これらも座屈しやすくなりますが、美しいものであれば、安定性を担保して建築物として成立させたいのです。
もう一つが、地震対策で免震構造や制震構造についての研究です。
今までのような強度を上げるだけの「頑張る」耐震構造ではなく、地震や台風といった外力のエネルギーを吸収する部材を設置して応答をコントロールし、建築物の被害を少なくするシステムにできないかということを考えています。以前に、高層ビルの上部がホテルで、下部がオフィスになっている複合施設の構造設計を担当したことがあります。ホテル部分はグレードが高く、また宿泊施設ですから、できるだけ揺れないように耐震ブレース構造で強い構造にしました。それとは対照的にオフィス部分は日中の使用がメインですから、制振構造を大胆に採用し、揺れながらも損傷しない構造にすることで、メリハリをつけて全体の安全性を確保するという新しい試みでした。
日本の法律では、震度6強以上の地震が来たときに倒れなければOKという構造設計なので、極端に言えば、傾いてしまっても安全に逃げられれば良いという考え方が一般的です。しかし、東日本大震災以降からその考えも変わってきて、大地震後も変わらず生活ができるような構造が求められてきています。その一助となるような建物を研究テーマにしています。

複曲率板の座屈

建築の世界でどう役に立つのかというこだわり

私は2018年に早稲田大学に赴任してきましたが、それまでは企業の構造設計部で28年間仕事をしてきました。人生の半分以上を構造設計者として生きてきたわけですが、そうなると、日々の設計行為の中で様々な疑問点や問題点が出てくるわけです。しかし、企業の中にいると次々と仕事が依頼されるので、腰を据えてそれらに取り組むことができませんでした。この疑問点や問題点を一つ一つ解決していこうというのが、研究の世界に飛び込んだ理由です。社会貢献ではないですが、自分の得てきた知識やノウハウ、現代の構造設計における考え方を若い人たちに伝えていけたらと考えています。
私の研究室には構造系の中では、デザインマインドの高い学生たちが集まっています。日本建築学会の学生サマーセミナーというワークショップに意匠系の学生に混じって当研究室の学生たちも参加しています。毎年何かしらの成果を得ており、賞をとる学生も多くいます。
構造設計というものはある程度今までのベースに基づいて行うものではありますが、時にわからないこと、見えていないことを考えていくものでもあります。ですから単純に教えるだけではなく、共に研究を重ねることで新しい何かを見つける。そんな思いと共に日々学生たちと向き合っています。
特にこだわっているのは、建築の世界でどう役に立つのかという点です。
この研究が、建築に関わるすべての人に役立つものであって欲しい、という願いが根本にあります。それを殊更、主張する必要はありませんが、柱や壁など、見えないところで実はしっかり私たちの研究が活きている。そのような構造を実現できたらいいですね。

学生サマーセミナー2021優秀賞に輝いた作品

得意なことによって関わり方を変えられる建築という分野

建築のいいところは、やはり形として残るところだと思います。
自分の携わった建築物が十年、二十年とそこにあるのを見続けることができる、それは言うまでもなく素晴らしい体験です。
また建築は非常に幅が広い分野です。数学や物理ができなくても、芸術的才能に恵まれていれば意匠の世界で生きていくことができます。逆に数学や物理が得意であれば、構造という分野でやっていくことができますし、また環境という分野も存在します。
得意なことによって関わり方を変えられるというのは、他にはなかなかない、建築分野ならではの特徴ではないでしょうか。
ですから、もし大きな造形に興味がある方がいたら、まずは建築という分野に飛び込んでみることをお勧めします。そこから、自分の得意なことを見つけてみると、いいかもしれませんね。