あらゆるフィールドに多彩な人材を
輩出し続けてきた早稲田の建築

建築学科 教授
中谷 礼仁Nakatani Norihito
専攻分野 建築史、建築理論、歴史工学研究
2017年度インタビュー

早稲田の建築は、私学では日本で最初に設立された建築の高等教育機関です。工部大学校造家学科(現在の東京大学建築学科)に次ぐ歴史を持っています。あえて東京大学建築学科と異なった点を探せば、東京大学が官僚・技官を輩出する組織としての機能を担っているのに対して、早稲田は民間の様々なフィールドに幅広く人材を輩出し、実際的な役割を大きく担うことで、日本の国土形成に貢献してきました。
また大学にとって重要な側面は魅力ある教員と教育システムです。相対的に見て、早稲田の建築はいずれも優れています。
まず、早稲田の建築では村野藤吾や菊竹清訓をはじめ、これまで歴史的に数多くの著名な建築家たちを輩出してきました。そして建築家たち自ら教鞭をとってきました。建築学科創設期以来の教員でもあり、大隈講堂を建築した佐藤功一をはじめ、現在、日本建築学会会長(2017~)をつとめる古谷誠章教授など、建築界の各賞受賞者たちが教壇に立っています。
意匠のみならず都市計画、構造設計、環境、生産、防災やそして私の分野である建築史に至るまで、バラエティに富んだ教員陣を揃えており、ユニークな研究に携わる先生が多いです。
たとえば、建築防災の権威である長谷見雄二教授は、木造建築の火災を調べるため、実際に建物を燃やす「木造3階建て学校火災実験」を行うなど、大胆な実験で防災に貢献。現在、明治村の館長を務める中川武名誉教授(2015年退任)は、カンボジアのアンコールワット保全・復興事業の国際的リーダーとして活躍しました。新しい「まちつくり」を創造したのも早稲田の建築です。国からの政策のみならず、地場から、街場から、フィールドからの創意・総意を引き出し、環境形成をしていくやり方は、東日本大震災の被災地をはじめ、各地の復興に貢献しています。
このようなバラエティに富む教員陣が取りも直さず機能的で有効な教育システムの構築に寄与するわけですが、早稲田の建築の教育システムの優位性はそれにとどまりません。 早稲田では大学院を含めた6年間一貫カリキュラムを先駆的に導入。取得までに通常5年間かかる国際資格を取得しやすいように改革しました。国際協定に準拠した日本技術者教育認定機構(JABEE)の設立にも協力し、認定されています。このことから、早稲田の活躍の場が世界に広がりました。留学も活性化し、現在、早稲田に通う留学生数は日本一です。

地震国日本で千年を超えて続く集落
その特性を探る「千年村プロジェクト」


私の専門分野は建築史ですが、最近興味があるのは、「ありふれているけれど、良い建築」「普通だけれど良い町」です。皆さんもご存知の通り、世界遺産にならなくても、良い場所・良い建築物はたくさんあります。こうした場所や建物はどのように作られ、保持されてきたのかを知りたいのです。
現在取り組んでいる「千年村プロジェクト」では、日本で千年以上続いている集落・地域を調べています。きっかけは東日本大震災でした。震災の被害に遭った地域について、たくさんの報道があったことは誰もが記憶に新しいと思います。一方、何もなかった地域については誰も何も触れていません。しかし、無事だった地域は頑健なのですから、むしろ焦点を当てるべきではないか――。このような発想から、長い期間にわたって、人々が暮らし続けている地域を調べて、その特性を炙り出そうと考えたのです。
平安時代後期に作られた辞典『和名類聚抄』(わみょうるいじゅしょう)に掲載されている全4000郷のうち、約2000郷が具体的な現在地と比定することができています。この2000地域を地図上にプロットすると、いくつかの特徴が見えてきました。河川沿いに多いこと、安定した地盤の際に位置し、なおかつ稲作も可能な地域に多いことなどです。このことから有用な研究になると確信しました。
これまで研究者有志とともに調査を本格化、国内各地を訪問し、詳細調査を行ってきました。その調査経験から、長く続く場所の特性がほぼ見えてきたので、これを地域評価を目的としたチェックリストにして公開しています。このリスト化によって、私たちのみならず誰でも、そして現在の千年村候補地のみならず、様々な場所の良いところを見いだすことができるようになりました。いわば地域の健康診断です。現在、このチェックリストを利用して、地域の求めに応じて千年村として私たち千年村プロジェクトが地域を認証する認証千年村の作業も始めました。

認証千年村に与えられる認定証例(提供:千年村プロジェクト)


(中谷教授の研究については「創造人vol.7」もご覧ください)

「役に立たない機械」の授業で教える
創造的な発想力を育むための課題

長年、タモリ倶楽部で取り上げられている「役に立たない機械」(2017年は前編後編にわたって放送)は、「設計演習A」という授業で出している課題の一つです。この課題の目的は、芸術を工学的に作る方法を学ぶことです。機械というものは、何かの役に立つために作られるもので、因果律の途中に存在します。一方、ピカソの絵を雑巾にはしないように、芸術に実用性は問われません。因果律でいえば、最終地点に位置します。つまり、「役に立たない機械」は、因果律の最終地点に位置する芸術と実は同じ立場になるのです。



「役に立たない機械」作品群

「相あい相撲」力士が磁石でくっつくため、勝負がつかない紙相撲

力士の内部には磁石が仕込まれている

 

ここで、だれにでも取り組める「創造的な発想力を育むための課題」を紹介しましょう。それは、「観察日記を付けて、分析する」というものです。
観察対象は何でも良いので、2週間ほど観察し続けて、最後に分析します。これまでの学生の作品には、吊革をつかむ手の観察や、左利きの学生が右手で文字書きを練習し自分の上達度合いを観察したものなどがありました。文字書きのケースは、毎日書いた文字を観察していたのですが、字がどんどんきれいになっていく様子が観察されています。たった二週間で上達したことは、やってみて初めて分かるのです。

「右手」左利きの学生が右手で文字書き練習をしたもの

観察1日目の様子  左ページ:文字書き練習 右ページ:右利き度を自己評価

観察最終日(14日目)の文字書き



このように、地道に観察を続けて、データを分析することで、新しい発見や、独創的なことを成し遂げることが可能です。なぜなら観察と発見は近く、かつ発見と創造は近いからです。つまり発見を介して、観察と創造は繋がっています。自分には創造的な能力がないという人がいますが、それは観察、分析を続ける努力をしていないだけかもしれません。身の回りのもので「なんだか気になる…」と思ったものがあったら、ぜひ一定期間観察し、分析・考察をしてみてください。創造力が沸き上がってくるかもしれません。