言語と文化の学びを通じて、
グローバルな活躍を

社会文化領域 教授
西口 拓子Nishiguchi Hiroko
専攻分野 ヨーロッパ語系文学
2019年度インタビュー

Q. 研究の概要を教えてください。

主にグリム童話を研究しています。『グリム童話集』(メルヒェン集)は、ヤーコプ・グリムとヴィルヘルム・グリム(グリム兄弟)が1812年に初版の第1巻を刊行しました。
グリム兄弟は語り継がれてきたメルヒェンを聞き書きしただけでなく、文献からも収集しています。優れたものを『グリム童話集』に収め、その他の様々な類話を注釈で紹介しています。
メルヒェンというと、動物や魔女、巨人などが登場するイメージがありますが、『グリム童話集』には、聖者が出てくる話や、伝説風な話、それから笑い話も収められています。
ところで、日本におけるグリム童話の受容の歴史は明治期に始まりました。当時は、ドイツ語や西洋の文化はあまり馴染みがなかったため、登場人物や設定が大胆にアレンジされることもありました。挿絵も同様でした。
例えば、「おおかみと七匹の子やぎ」の挿絵では狼が着物を着て、日本家屋に住んでいるものもあります。別の絵では、母やぎが棒と籠を持って描かれていますが、全体的に非常にヨーロッパ風に描かれています。詳しく調査した結果、これには手本としたとみられるドイツの挿絵が見つかったのです。ドイツのほうは挿絵でもテクストでも母やぎは農具と麦わら帽子を持って森に出かけているのですが、和訳では街に出かけることに変えられているため、翻訳文に合わせる形で母やぎの持ち物も変更されたようです。
他にも、教会がお寺と翻訳されたり、描かれたりもしました。挿絵の調査からは、別の話の挿絵を、日本では「赤ずきん」の挿絵として借用しているケースも見られました。
当時の挿絵には和風に大胆に変更して描いているものもありますが、一方で洋風に描かれているものは、ドイツやイギリスの挿絵を模倣している場合が少なくないことが分かりました。手本を必要としたのは、当時はヨーロッパのことに馴染みがなかったためでしょう。

『グリム童話集』1885年版のPaul Meyerheim (1842– 1915)による挿絵

2011年から1年間ドイツに研究滞在をする機会に恵まれました。翌年がちょうど『グリム童話』の初版第1巻の発行から200年目にあたり、大きな国際学会がドイツのカッセル大学で開催されることになっていました。研究滞在中に、ドイツのランダウ大学とスイスのチューリヒ大学で特別講義をする機会をいただきました。そこで日本のグリム童話の挿絵を紹介したところ、国際学会への参加を勧めていただいたのです。学会発表の準備のために挿絵の研究を進めたところ、すでにご紹介したような挿絵についての事実が分かったのです。
カッセル大学での発表をきっかけとして同大学に半年間、訪問教授として招聘していただき、ドイツで教壇に立ち、3つのゼミナールを担当するという大きなチャンスをいただきました。

グリム童話は「ほうっておけない存在」

Q. グリム童話の魅力を教えてください。

一言でいうなら、「面白い」ところです。グリム童話のバラエティと普遍性が、読者を惹きつけるのだと思います。
一方で、批判を受けることもあります。従順といった当時の道徳観を押し付け、性差別を強調しているとか、暴力的な描写があるいったようなことです。残酷性への極端な批判は、第二次世界大戦後に起きました。
たとえば「ヘンゼルとグレーテル」には、最後にグレーテルが魔女をパン焼き窯に押し込んで退治する場面があります。このパン焼き窯がアウシュビッツの強制収容所を連想させるとして、忌避する人がいたのです。こうしたグリム童話の残酷さを目の当たりにして、イギリスやアメリカの占領地区では、グリム童話が一時期禁止されたこともあったほどです。
ところが、「ヘンゼルとグレーテル」で魔女を押し込む場面は、メルヒェンの筋においては構造上必要な要素であって、残酷趣味で語られているわけではありません。またグリム童話のみならず世界のメルヒェンにも残酷と思われる場面があります。
ただ、グリム童話が折に触れて矢面に立つのは、多くの人にとって「ほうっておけない存在」だからなのでしょう。

創造理工の扱う分野はドイツ語圏の主要産業との親和性が高い

Q. 社会文化領域ではどのような授業を提供していますか?

現在、ドイツ語と「ドイツ文化入門」という授業を受け持っています。
「ドイツ文化入門」では、ドイツの社会や文化に興味を持ってもらえるように様々な角度からドイツ語圏の国々を紹介しています。日本との文化の違いを取り上げることもあります。
早稲田大学では、世界トップクラスの優秀な人材を育成することに力を入れています。その際に必要となるのは、何と言っても語学です。また、文化の理解も重要でしょう。社会文化領域の先生方の授業が、他の国々へ興味をかきたて、世界に羽ばたくきっかけとなればと思っています。とりわけ理工学術院では、ドイツも日本も得意としている技術系の分野を扱っていますから、ドイツ語圏に留学することで、可能性の拡がる学生たちが多くいるはずです。そして世界で活躍する学生を輩出できたら最高ですね。