循環型環境社会の鍵を握る
淡水資源の有効活用

社会環境工学科 教授
榊原 豊Sakakibara Yutaka
専攻分野 水環境工学
2013年度インタビュー

水環境の研究とは

水は非常に上手くできています。太陽の温度と地球との距離や、地球の大きさ・重力などの条件がぴったり合うことによって、液体として存在しています。地球上が1気圧で20℃くらいとすると、水はそのほとんどが液体で、2-3%が水蒸気として存在しています。皆さんが当たり前に感じている、雨が降って、川に流れて、海に達して、蒸発して雲になって、また雨になるという循環は、太陽の日射量に大きな影響を受けており、絶妙なコントロールでできています。
今、そのバランスが崩れかけています。日本は、中東やオーストラリア、カリフォルニアなどと比べたら、さほど深刻ではありません。しかし、地球全体で見ると、21世紀は水問題の解決が持続的な社会の鍵を握っています。
「人類が水を使いすぎている」「限界にきている」というのは、かなり前から言われてきましたし、実際に色んな問題が起こっています。その問題をいかに解決していくのか。今までの技術だけでは限界があるので、新しい技術開発、システム開発、あるいはもっと広い意味では方法論とも言えるものを提案する方向で、私たちは研究を進めています。

資源やエネルギーを回収しつつ、水をキレイにする新しい研究

淡水資源にかんする問題点は3点あります。第一に、排水中に含まれる汚濁物質は完全に取り除くことができないという問題。第二には人類が淡水を使いすぎているという問題。第三に、川などに住む生物の生育環境が脅かされているという問題です。
第一の点については、研究段階では様々な方法が考えられています。農薬や環境ホルモン、抗生物質などは処理するのが非常に難しく、しかもほんの少し混じっているだけで環境に影響があると言われています。それをできるだけエネルギーを使わずに、お金をかけずに処理する研究がすすめられています。
使った水を排水としてそのまま流さず、キチンと処理して流すという環境保全の考え方は、20~30年前から実際に行われてきました。それに加え、最近では排水を処理するだけでなく、資源として使えるものを排水の中から回収して循環利用するという新しい研究が始まっています。
一例として、下水にはリン化合物が豊富に含まれていますが、標準的な処理法では充分に除去できないためにそのまま流され、湖や海洋を汚染していました。私たちの研究室ではリンは枯渇性資源でもあることに着目し、積極的に回収して再利用する技術の研究をすすめています。
排水には色々な物質が含まれていて、それらの物質は化学エネルギーを持っています。まだ研究段階ですが、これまで多くのエネルギーを消費して排水処理をしていたところを、逆に物質からエネルギーを回収してかつ排水をキレイにしようという、今までとはまったく違う考え方が生まれています。最近のアメリカの研究で、ある特殊な微生物が、酸素の代わりに電極に電子を渡すことによって呼吸をすることが分かりました。この特殊な微生物を電極上に生息させ排水の中に入れると、汚濁物質を分解して排水はキレイになります。同時に電子を出してくれるので、それを蓄積すると燃料電池と同じように発電ができます。実用化まではかなりのブレイクスルーが必要ですが、このような研究も行われています。

循環率を上げるためには究極の分解が必要

第二の問題として、人類が淡水資源を使いすぎている点を指摘しました。雨が降って川に流れて、蒸発して雲になって、という淡水の循環量は、世界の陸地全体でおよそ40兆トン/年と言われています。そのうち、人類が使用しているのは10分の1程度です。先進国では生活に使用した水の9割程度はきれいにして戻していますが、100%は戻せていません。ということはつまり、世界全体のきれいな淡水の循環量が徐々に減っているということになります。
少しでも排水処理の循環率を上げ(つまり、そのぶん環境からの取水量や環境への排出量を少なくし)、健全な水循環系を確保したいところですが、ここで新たな問題が浮上します。循環率を上げれば上げるほど分解できない物質、つまり難分解性物質が蓄積されるのです。そういった難分解性物質を分解する技術として、今、注目されているのがOHラジカルを発生させる研究です。
水中のOHマイナスイオンから電子を1つ取ったものがOHラジカルです。OHラジカルは、周りに有害物質や難分解性物質があると、そこから電子を引き抜いて元のOHマイナスイオンになろうとするのです。電子を引き抜かれると物質は分解されます。このような分解が繰り返されて最終的にはCO2になり、完全に無害化されます。

川は生活環境の一部

第三の問題点として挙げた河川の生育環境については、神田川などの都市河川の生育環境を良くするため、現在、アセスメントの方法を研究開発しています。河川については治水が先行してきた歴史があり、環境という観点からみるとやるべきことがたくさんあります。分かっていないことも多く、情報も少ない。同じように見える川でも、魚種や生育数がそれぞれ違っています。地方、大都市に限らず、川は生活環境の一部です。昔から住んでいる魚種やその生育数を増やすためにはどうしたらよいか考え、取り組んでいます。

淡水資源活用には国際的な協力が必要

淡水資源の活用には国際的な協力が必要です。特に途上国での淡水再利用、循環ループを作るにはどうしたら良いかを考えていかなくてはなりません。そのための国際プロジェクトとして、タイで排水を循環利用するための技術開発をしています。日本がシ―ズを提供し、途上国にあった技術開発をしながらタイで研究者を育てることになっています。
タイでもバンコクのような大都市では、日本と同じような排水処理の技術が使えますが、さらに高機能な技術を必要としています。しかし、郊外ではこれらはコスト的に難しい。そこで植物を使った方法を試みています。植物には環境ホルモンを浄化する力があるのです。植物が作り出すH2O2(過酸化水素)によって環境ホルモンが酸化され、浄化されるという仕組みです。
大都市のような集中管理型の処理方法では、排水を遠くから集めて、また元の場所に戻さなくてはなりません。技術者が常に管理する必要もあります。持続可能な社会を考えると、分散型で使い勝手がよく、資源もすぐに回収利用され、人がいなくても制御できるような処理方法を模索すべきではないでしょうか。そのほうが、災害などにも強い社会になるのかもしれません。

「積極性」がキーワード

研究室でも留学生が増え、国際的になってきました。ゼミはできるだけ英語で行っています。学生にはどんどん国際会議に出るよう促しています。海外の大学院生や技術者、研究者と会い、話をするという経験はとても大事です。そのことで学生はぐんと伸びます。
学生にはテーマごとにチームを組んで研究に取り組んでもらっています。チームワークが大切なので、社会環境工学科で毎年春・秋に行われている野球大会も大事にしています。上手下手ではなく、「積極的に」プレーする人をレギュラーにします。私も一緒に選手の一員として出場します。これは研究にも通じるところがあり、ディスカッションするときは対等であるべきだと思っています。”work for professor”ではなく、”work with professor”であるべきです。また、研究において「積極的な」姿勢で取り組むことはとても大切なことです。学生の積極的な取り組みが、この分野における大きな研究成果となったこともあります。
水問題の研究は新しい技術を目指すのですから、保守的であってはならず、その意味でも積極性が重要であると思っています。