早稲田の建学の理念は、
リーダーの育成にあり。

経営システム工学科 教授
大野 髙裕 Ohno Takahiro
2020年度インタビュー

私の研究室は「プロフィットデザイン」と銘打っています。プロフィットというのはご存知の通り、利益という意味ですから、利益を計画的に生み出す方法を研究しているのです。
利益を生み出すためには、二つの方法があります。売り上げの増加とコストの削減です。
売り上げに向上施策としてさまざまなマーケティング手法が挙げられますが、その本質は消費者行動の理解にあります。
直近の例では、スーパーマーケットでアルバイトをしていた学生の卒論の例が面白いので紹介します。スーパーのお弁当の価格は、閉店が近づくと値下げされますよね。お客さんは値引き率によって、購入するかしないかを決めます。このときの感覚がいわゆる「値頃感」というものです。
スーパーでは現場責任者が値引き率を決めますが、彼らは値頃感を把握しているわけではありません。この卒論を書いた学生には、場当たり的に対応しているように見えたようです。
そこで、弁当の価格について100人にアンケートをとり、値ごろ感の幅を把握しました。これにより価格ごとの購入率を求めることができました。さらに、弁当の在庫やその日の客足、天気、などのデータを盛り込むことで、どの時間にどのように値引きするのが良いか、導きだすことができるのです。この手法をオペレーションズリサーチ(OR)といいます。
ORは数学モデルやアルゴリズムを使って、最も効率的な計画を導く手法のことですが、どのデータを採用するかが重要です。消費者心理を理解していれば、どんなデータが必要かがわかります。

SNSの拡散力と
フォロワー数は別物

消費者行動の理解のために、SNSを例に挙げましょう。TwitterやInstgramといったSNSにはインフルエンサーという人々がいます。多くのフォロワーを持ち、情報発信に影響力を持つユーザーのことですが、企業が彼らを頼ってPR案件を持ちかけるケースがあります。
当然、報酬が発生するわけですが、その金額の多寡はフォロワー数で評価する場合が多いようです。しかし、Twitter上のデータを分析すると、その評価が必ずしも正しくないことがわかります。
Twitter上の投稿を拡散させる行為をリツイートといいますが、インフルエンサーの投稿のリツイート率はフォロワー数と直接の因果関係がありませんでした。影響していたのは、インフルエンサーとフォロワーの関係。フォロワーに対してこまめに返信したり、発信したりするような関係性を築いていること。「マメ」なインフルエンサーの拡散率が高く、企業が評価すべき存在であることがわかりました。

Twitterの消費者行動について説明する大野先生

数学的思考を身につけることで
物事の因果関係がわかる

弁当の値下げもインフルエンサーによるPRも、「利益を最大化したい」という目的は同じです。
弁当の場合は値下げすると売れるから、利益が大きくなる。さらに廃棄コストが減る。しかし値段の下げ幅が大きすぎると、当然利益は減ってしまう。
インフルエンサーの場合は、企業の発進した情報を拡散したい、そのためにはフォロワー数よりも拡散力の強い人にPRをして欲しい。
全て因果関係です。
因果関係を掴む力があれば、経営・事業というスケールにも対応できる。経営工学はそのような学問と言えるでしょう。
このように、極めて重要な「因果関係」。これを見つけ出すために必要なのは「数学的思考」です。
数学というのは極めて抽象性が高いものです。文章で書くと膨大な量になることも、数式なら数字を代入すれば答えが出ます。
実際はもっと複雑ですが、たとえばY=X2という二次関数を挙げてみましょう。Xの値が決まるとYの値も決まる。要するに、これは因果関係の抽象化です。数学的思考を身につければ、複雑な物事をシンプルに把握することができるようになります。経営システム工学科の学生たちは、このような訓練を学部生の頃から積み重ねています。

工学の知見を持ったリーダーを育成する

早稲田大学が130年にわたって続けてきた教育は「模範国民の造就」。今風に言えばリーダー教育です。創立者の大隈重信公はこう言っています。「人は知識が増えると自己中心的になる」と。
知識や能力を自分のためだけに使っていれば、きっと世渡りは楽でしょう。しかし犠牲的精神のない人が増えれば、社会に悪影響を与えることは必至。リーダーがなら、なおさらです。だからこそ早稲田は、皆のために知識を使うことのできるリーダーを育成してきました。
建学の理念は、もう2つあります。「学問の独立」と「学問の活用」です。学問の独立とは、常識を疑って、新しいものを見つけようということ。学問の活用とは、世の中の役に立つために努力しようということです。
研究テーマを設定し、さまざまな文献や研究論文を読み、新たな知見を検証し、議論し、結論に至る。これはビジネスのアプローチと全く同じです。ならば卒論・修論は、ビジネスをやるにあたっての1つの方法論を確立するということ。学部と大学院でビジネスの訓練をしっかり積んで、社会に役立つリーダーとして成長させる。そんな教育をこれからも目指していきたいですね。