背景とストーリーに着目して、
「都市空間」を考える

建築学科 学部4年
臼井 万南子 Usui Manako
小林恵吾研究室
2023年度インタビュー

Q 卒業論文ではどのようなことを

人のために設計されたわけではない構造物—倉庫や工場、鉄道の高架下のようなところ—がその役目を終えたあとで、「人のため」のスペースとして活用されていくときに、どのように空間がデザインされているのか、また、されるべきなのかという点に着目しました。
 近年、湾岸地域の工場や倉庫、高架下のスペースを飲食店やオフィスに転用されるケースが増えてきています。その際に、もともとの姿が、敢えてわかるようにデザインしつつ、人々が使いやすいように改修されていることがあります。
例えば倉庫は荷物を多く積み上げるために、天井高が非常に高いことが多いのですが、店舗に改修する際には、床を上げることによって人々が使いやすくしています。このような操作を「ヒューマンスケールに落とし込む」と呼び、どのような操作が行われているのかを見ていきました。
役目を終えた施設は、一昔前であれば更地にして、ゼロから設計をしなおすのが当たり前でした。しかし、元の姿を残したままでこのような操作をするというのは、その土地や施設をただの箱や土地としてだけみるのではなく、その背景に関心をもったり、そこにあるストーリーを意識したりすることが求められるようになったからだと考えています。

海運倉庫をリノベーションした広島県尾道市のONOMICHI U2

製品に対する想いや歴史を知ると、不思議と愛着が

Q 背景やストーリーへの関心が高まった要因は

都市の空間は近代化の過程で、機能によって分けられてゾーニングされてきました。いわゆる用途地域が定められて、居住するところ、交通の要衝、何かを生産するところが分けられることによって、互いへの関心が薄れていく。そして、背景やストーリーが分からなくなっていった。
私自身、物やサービスを利用する時に、その背景やストーリーについて考えることはあまりありません。ところが一度その背景にある生産者の思いや、製品に対する想い、歴史を知ると、とても愛着が湧くことに気づきました。物やサービスがあふれる世の中で、人々に訴えかけるのは、そういった目に見えない要素なのでしょう。

Q 卒業論文で苦労した点は?

テーマの決定までに、自分の興味や関心が何にあるかを徹底的に考える時間がありました。私は小林恵吾研究室の所属なのですが、小林先生と一対一で話す機会をたくさん設けていただいて、ひたすら「自分は何がしたいのだろう」と考える日々が実に3ヶ月。3年生までは与えられた課題に応えることばかりだったので、戸惑いもあって苦しく感じることもありました。
そこで再認識したのは、私はやはり都市に興味があるのだということ。都市について考える中で、たどり着いたのが卒論のテーマでした。
卒業設計では東京高速道路を題材に選びました。この道路は通称「KK線」と呼ばれ、首都高速道路に直結し銀座の街の西側を囲むように走る約2キロメートルの一般自動車道で、高架下には商業施設が入っています。2030年代には京橋の地下に首都高速道路が新設されて、KK線の通行量は大幅に減少すると見込まれています。それに伴い、KK線は歩行者中心の公共空間に変えて再整備されることになっています。

そうした現状に対し私たちは、KK線の土木的側面が担ってきた自動車交通網という強大なネットワークを人や植物のネットワークとして再起動させることをコンセプトに設定し、形骸化する都市土木遺構の今後の形を提案しました。近辺で急速に進む再開発に対し、都市の記憶を留めつつ、人々や植物と場所に新たなつながりを生み出す。そうして都市の更新速度が緩やかになることを期待してこの計画に取り組みました。 

卒業設計で制作した模型

KK線と社会情勢、都市の動向を比較した年表

建築は学ぶ分野が広い—
法律や構造はもちろん、人間理解も求められる

Q 建築学科に進学したきっかけは?

もともと都市計画に興味がありました。それとは別に漠然と「大工さんになりたいな」と憧れを持っていたんです。実際に手を動かして、なにかものを作るということが好きだったんですね。当時のテレビ番組で古民家をリノベーションするものが流行っていて、素敵だなと感じていました。人々の思いをつなぐような仕事に、関心があったのかもしれません。

Q 土木が専門の社会環境工学科と悩みませんでしたか?

悩んで家族や高校の先生に相談して、やはり人に近いところに興味があるのなら建築学科の方が良いのではないかとアドバイスを受けました。周りの環境や人々の思いに寄り添えるのは、建築の方のような気がして、決断しました。
ただ、ここまで学ぶ分野が広いとは思っていませんでした。デザインだけではなくて、法律はもちろん、都市計画の中での位置づけや、構造や環境のことも考慮するのは不可欠です。複合的な思考が求められます。
大変ではあるのですが、これだけ沢山のことを考えるし、制約があるからこそ人々にとって良いものを作ることができるのだと思います。独りよがりではない意味や、社会性がついてくる。

デザインだけでなく、都市計画や災害対策まで学べる小林恵吾研究室

Q 小林研究室について教えてください。

幅広い視野を持てるのが魅力だと思います。デザインがメインですが、都市計画に近い分野や災害についても研究しています。留学生が多いのも特徴で、グローバルな視点を持ちやすい環境です。
フューチャーハビットプロジェクトという、災害地域に直接足を運んで、災害対策を提案するだけでなく、さらに一歩踏み込んで未来の住まい方まで提案するようなプロジェクトも展開しています。私も参加していて、宮城県の丸森市という水害の多い地域において、災害復興住宅で暮らしている人々に話を聞きました。
丸森市は雨が降ったら洪水が起きるような地域で、そのために地域ごと災害復興住宅に移住したケースがありました。家は新しくなり、コミュニティも維持されました。それでも、生まれ育った地域や家には強い思いがある。私の研究テーマである背景やストーリーが重要性を、より深刻な形で知ることになりました。このテーマについては、修士進学してからさらに深めていければと思っています。