土木分野にしかできない
放射線に対するアプローチがある

建設工学専攻 博士2年
吉川 絵麻Yoshikawa Ema
小峯研究室
2018年度インタビュー

Q 早稲田大学の中でも模範とされる学生に贈られる小野梓記念学術賞に選出されたそうですね。

「土質系材料の放射線遮蔽性能の定量評価」という論文で選ばれました。この論文は、福島第一原子力発電所における土を用いた放射線遮蔽対策に関する研究をまとめたものです。
まず研究の背景から説明しますと、2011年の福島第一原発事故による放射性物質の飛散・漏洩、それにともなう放射線被ばくという問題があります。事故により冷却水の循環が止まったことで、原子炉建屋内の格納容器に入っていた核燃料が異常な高熱を発し溶融しました。この際に溶けた数百トンの核燃料の残骸を「燃料デブリ」といいます。また,水素爆発による爆風と共に放出された放射性物質は、損傷した建屋のガレキや周辺の土壌を汚染しました。これらの燃料デブリや汚染されたガレキを含む事故由来の廃棄物を「福島第一事故廃棄物」と呼びます。
燃料デブリも汚染ガレキも、いつか処分しなければなりません。とはいえ廃止措置の完了には非常に長い期間を必要としますから、ひとまず放射線を遮蔽※しておく措置が求められます。この方法について、私は土木工学の見地から覆土と泥水を用いた遮蔽方法に注目しました。
まず、現状において覆土は表面線量率1 mSv/h~30 mSv/hの汚染ガレキ類に対する一時保管施設に用いられています。廃棄物の上からかぶせて締め固めることで、放射線の透過を防ぐ効果があります。では、どの程度の量をどのくらいの密度でかぶせれば、安全といえる状態まで放射線を低減できるのか。私はこの覆土の遮蔽性能を調べ、土の状態量を用いて、具体的な放射線量に対する遮蔽割合を示しました。
次に、石油掘削に用いる高比重な泥水があります。この泥水は燃料デブリに対する放射線遮蔽材料を想定しています。燃料デブリはとてつもない量の放射線を放出していて、人間が近づけば命を落とすほど危険であるとともに、調査や廃止措置に用いる作業用機械を破壊するほど強力です。本研究では、放射線のうち特に透過力が大きいγ線と中性子線に着目していますが、特に中性子線は水の中で留まる性質を持っています。泥水は水を多く含むと同時に、水よりも密度が高いので、より多くのγ線を防ぐことができます。このため、格納容器内の燃料デブリを泥水で満たすことにより、γ線と中性子線を防ぐのです。ただし泥水であれば何でもよいというわけではなく、効率的に放射線を遮蔽するための土の種類や水との比率があります。この論文で私は、放射線遮蔽に最適と考えられる泥水の定量評価を行いました。
※覆いを掛けたりして、人目や光線などからさえぎること。物理学で、空間のある部分を電界・磁界など外部の力の場の影響から遮断すること。

覆土と泥水の活用が、研究の核

Q 素人考えですが、覆土で放射線を防ぐことができるのか不安です。

汚染ガレキ類に関して問題となる放射線は、主にγ線です。意外に思われるかもしれませんが、覆土によってγ線は十分遮蔽可能です。γ線の透過割合は、遮蔽物の透過時に衝突する電子の個数で決定されるため、密度の高い土構造物は、照射されたγ線を十分に低減することが可能です。さらに、土の粒径が大小満遍なく分布していれば、隙間なく締め固めることができます。また、土は自然環境の中にあり、長年にわたり宇宙や大地から照射される放射線を浴びています。例えば高分子の材料は放射線を多く浴びる環境下では分解される危険性がありますが、土であれば状態変化が起こりにくく、比較的安定的な材料であることが実証されています。つまり、緊急時の対策措置として、土質材料は化学材料よりも安全かつ大量に用意できるという利点があるのです。

泥水の定量評価実験に使用する機器

Q 燃料デブリは、コンクリートのような重くて硬いもので密閉しなくていいのですか。

国の定める廃止措置のロードマップでは、最終的に燃料デブリを処分場まで移動させることになっています。コンクリートのように固化し再掘削が難しくなる素材を使用して格納容器を密閉すれば、その後の移動は困難になります。しかし、泥水であればコンクリートによる密閉と違って取り出しも容易です。このように、燃料デブリの移動も考慮に入れた遮蔽方法として、ひとつの選択肢として泥水があるのです。

分野の垣根を超えて、
原発問題を乗り越えたい

Q 今回の研究で新しいところは、どんなところですか。

地盤掘削用の高比重泥水を燃料デブリの遮蔽に用いるというアイデアは、これまでになかったものです。本研究の共同研究者には、建設業者だけでなく、材料メーカー、石油掘削や地盤調査用の放射線を取扱う専門家がおります。もとはバラバラの立場でしたが、福島の問題を何とかしなければならない、という意志のもとで集ったメンバーです。彼らの知見を結集することで、本研究は始まりました。大深度掘削時に地盤を支持するに足る高比重な泥水であれば、放射線を遮蔽することもできるという観点から、遮蔽が可能なのか定量評価をしてみようという計画が立ち上がったのです。
しかし、放射線は原子力の分野ですから、このような土木分野からのアプローチは原子力の分野に踏み込むものです。そして、原子力分野からすれば、土木分野が横から口を出してきたように感じるのは当然です。そのため、研究当初は土木側・原子力側の双方から異端視されました。そもそも、福島の廃炉問題にかぎらず日本では多くの現場において土木や原子力、そして機械などの各分野は独立しており、意見交換や相互理解が活発とは言えません。しかし、福島の原発事故のように、解決への過程が複雑きわまる国家的課題に対しては、分野の垣根を越えて取り組む必要があるのです。このような意志を胸に地道に研究実績を積み上げていったところ、その成果が認められ、先日は4年に一度開催される国際地盤工学会議に日本代表として参加することができました。

Q 土を用いた放射線遮蔽をどのような思いで研究されていますか。

一言でいえば土木に係わる者の使命として研究しています。原発事故を引き起こした東日本大震災が発生した当時、私は都内の高校にいたため直接の被災はしませんでした。しかし、当時どのような状況にあっても、この問題に取り組んだだろうと思います。なぜなら、自身は日本国民の中でも,土木に関わる人間であるという認識があるからです。
福島原子力発電所の廃止措置において、原子炉の解体から更地化,廃棄物の処分までの具体的な作業には土木技術者が最前線に立ちます。ですから、土木は端的に言えば、この問題の「後始末」の実行のために不可欠な存在です。だからこそ廃止措置の初期から関わっていく必要がある。そしてこのような困難を解決するためには、土木技術者であるとともに、分野の垣根を超えて幅広い分野に通じ、俯瞰的な視点を有する人材が不可欠です。そのために私は、異分野の架け橋ともなるべき研究者を目指し、鋭意研究を進めています。