医学と工学の比較からたどり着いた「地球のお医者さん」
ーー持続可能な社会のために求められる地盤工学の重要性

社会環境工学科 教授
小峯 秀雄Komine Hideo
専攻分野 土木工学・地盤工学
2024年度インタビュー

じつは似ている医学と工学

私の専門は地盤工学です。建物や構造物を立てる地盤を調査し、その性質を理解する研究をしていますが、実は地盤工学は私たちの生活に大きな影響を与えうる分野といえます。

最近、地盤工学にまつわるテーマがニュースで度々取り上げられています。たとえば、北海道新幹線の延伸工事では、開業時期が従来の2030年度末から2038年度末に大幅に遅れることが明らかになりました。これは、トンネル工事の予定地で想像以上に硬い岩盤が見つかったことが原因で、工事が難航すれば工期はさらに遅れる可能性もあるといいます。

インフラ工事の遅れは、人々の生活に大きな影響を及ぼします。このようなことが起きないようにするためには、事前の入念な地盤調査が欠かせません。ところが、現在の地盤調査のほとんどは、土木事業の予算に紐づいています。つまり、橋やトンネルをつくることありきで考えられてしまい、地盤調査は後回しにされがちで、予算が削られやすいのです。私は土木に携わる一人として、これまでの土木は本来の地盤の性質を知ることや、それに合わせた工法を編み出す、といったことを大切にできなかった。そんな反省があるのです。

そうしたなか、私は地盤工学のことを「地球のお医者さん」だと表明するようになりました。きっかけは2017年頃に再放送されたドラマ「コードブルー」です。そこでは自然災害での救助活動のシーンが描かれます。人々の命を守る救急救命士の傍らで、がれきだらけの現場をきれいする土木技術者の姿を、私は想像しました。そのシーンをイメージしたときに、医師が命を救う姿と土木技術者が環境を復旧させる姿が似ている、と感じたんです。

医学と土木は、実は使う言葉も共通しています。たとえば、血管の詰まった箇所を避けるように新たな血管を通す手術をバイバス手術といいます。これは、もともと渋滞の多い市街地を避けて道路を通す「バイパス」に由来する言葉です。そうした視点で考えると、医師が人体の状態を診断するように、私たちも地球の状態を「診断」しているということもできます。

土木を「地球のお医者さん」と表現するなかで、土木におけるネイチャーポジティブの重要性を考えるようになりました。「ネイチャーポジティブ」は生物多様性を重視する考え方で、もともとあった自然の流れを無理に変えるべきではないという発想です。これまでの土木は、橋やトンネルを、本当にその場所が適しているのか、その場所の自然の流れを変えていないか、あるいはその場所に適した建設工法であるのか、といったことを十分に考えてきただろうかと自問自答するようになりました。

地盤調査は健康診断のようなものです。健康診断では、身体に異常がないことを確認しますよね。同じように、異常の有無を確認するような地盤調査が必要だと私は考えています。ですから、ネイチャーポジティブな土木のためにも、地盤工学の重要性を訴えていく必要があると考えるようになったのです。

自然の持つ本来の振る舞いを理解することが地盤工学の使命

土木業界は、橋やトンネルの建設という、いわば外科医的な工事が注目されていて、地盤調査は目立たないのが現状です。『白い巨塔』で描かれたような、外科と内科のヒエラルキーに似たものが土木にもあります。ですが、現代の医療ではむしろ日常から患者とかかわる内科医の重要性も認知されています。ですから、土木業界も同じように、本来の地盤の性質を知るような、いわば「内科医的」なあり方にシフトしなければなりません。

さらに、東洋医学的なアプローチを考えるならば、自然の持つ本来の振る舞いを理解できれば、無理な工事や工法を用いなくても済む場合もあります。実は、私たちの生活には、本来そういった考え方が根付いていたといえます。たとえば、茶畑は斜面につくられがちですが、それは斜面にあえてお茶を植生させることで、その根が水を吸い上げることで地面を固くさせる効果があるといわれています。最近では、人工的な材料でつくられた「根」を地盤に組み込む工法が用いられていますが、いわば「死んだ根」を入れているといっていいでしょう。

このような目的達成のために無理な「手術」をするのではなく、地球がどのように振る舞うのかを理解して、それに沿った形を模索することが大切だと、私は思うのです。地盤や地質を調べることは、その土地の「体質」を把握するようなものです。地盤や地質を知り、それに応じたあり方でつくる。人工的な材料だけでなく、自然の力を活用する。こうした取り組みが、社会インフラの持続可能性を高めることにつながるのではないでしょうか。

たとえば、先日大地震が発生した能登半島は地すべり地帯として地盤・地質研究者には、知られていました。そうした土地のリスクを知ってもらうことも、災害時の被害を減らすことにつながります。また、埼玉県八潮市で発生した陥没事故での救助活動でも同様のことがいえます。陥没した場所の周辺に重機などが接近し圧力が加わると、周辺の土砂が陥没した穴に流入してしまうのです。そうしたことを救助隊が知っていれば、救助方法も違っていたのではないでしょうか。

災害が多い日本では、地盤のリスクを理解することは一般教養としても重要です。ですから、地盤工学者はそうした啓蒙にも取り組む必要があると思います。これからの土木工学は、自然の振る舞いを理解し、それに沿った社会インフラをつくることが求められます。地盤工学は、持続可能な社会の実現に貢献できる可能性を秘めた分野なのです。

学生の成長は無限。研究の自由さを知ってほしい

私の研究室では、「一緒に研究を楽しもう」という姿勢を大切にしています。4年生が社会情勢から考える自らの課題を、研究室メンバーと議論しながら卒業研究テーマを設定します。学生の興味と私の経験を掛け合わせるような形です。自分が提案したテーマだと「自分の研究」という意識が強くなり、完成させたいという思いが生まれます。そうした過程を経験してもらい、学生たちに「研究って自由なんだ」と感じてほしいですね。

実は、私も学生から教えてもらっていることが多く、日々切磋琢磨している感覚です。ある学生と話していて、彼女は「社会インフラは自然に還るべき」だといって、私は感銘を受けました。学生の成長はまさに無限なのです。

大学での学びには、好奇心が大切です。身近な事象に対して疑問を持ち続けてください。そして、その疑問を解決するための方法を自分で考える力を養ってほしいと思います。工学は「役に立つ」ことを目指す学問ですが、そのためには自由な発想と創造性が大切なのです。