研究を「開き」、街へと実装
デザイン思考で理想の空間を描く
建築学科 教授 | |
矢口 哲也 | Yaguchi Tetsuya |
専攻分野 市街地再生デザイン 2025年度インタビュー |
都市の持続性を考え
実社会への還元を目指す
都市に関する研究は、かなり学際的です。早稲田の中だけでも、創造理工学部の社会環境工学科や国際教養学部、文学部や社会科学部でも学べます。そんな中で、私の研究室では「市街地再生デザイン」を研究しています。都市の持続性について研究し、実際の都市デザインへの還元を目指す学問領域です。
都市の持続性については、大きく3つのテーマを設けています。「環境的持続性」「社会的持続性」「経済的持続性」です。都市の問題は、さまざまな問題がお互いに関連し合っています。どれか一つが主軸というわけではなく、それぞれのテーマに目を向けながら、最終的な問題解決を目指すものです。
研究室の学生たちは、この3領域の中から興味のあるテーマを見つけて研究を行い、卒業論文を書いています。「環境的持続性」に注目して、ランドスケープと呼ばれる街の自然システムに注目する学生もいれば、「社会的持続性」について、大学キャンパスのユニバーサルデザイン化に興味を持つ学生もいます。幅広い領域から自由にテーマを選べるのが、私の研究室の特徴です。
「研究をどう開いていくか」
地元から海外まで、現実とつながる研究
近年の研究事例としては、「フエプロジェクト」「AA住宅プロジェクト」があります。どちらも2025年に始まったばかりの取り組みで、プロジェクトに興味を持った学生は、これに参加しながら卒論や修論を書いています。
「フエプロジェクト」は、ベトナムの古都・フエを、洪水に強い街に変えていくプロジェクトです。フエは世界遺産が数多くある街ですが、地球温暖化の影響で洪水被害が多発しています。住民の生活や生業、街全体を守るため、現地の技術を使いながらいかに解決していくか。最終的には、研究成果の社会実装を目指しています。3月には、学生を連れて2週間ほどフエへいき、ワークショップを行いました。筑波大学環境デザイン領域や早稲田大学社会科学部の先生とも、共同でプロジェクトを進めています。
「AA住宅プロジェクト」は、「Accessible(アクセシブル)でAffordable(アフォーダブル)な住宅環境を整備すること」を目指しています。簡単に言うと、アクセシブルとは、社会的弱者と呼ばれる方々でも利用しやすいこと。アフォーダブルとは、手ごろな値段で住めることです。誰もがアクセスしやすく住み続けられる仕組み作りを、政策面や建築面から研究しています。
また、私の研究室では卒業論文とは別に、地元と協力するプロジェクトを必ず行っています。コロナ禍や早稲田の町会の高齢化を通じて、次世代教育の必要性を感じるようになったことがきっかけです。一例としては、2021年頃から地元の小学校で、防災教育の出前授業を行っています。
このように、私の研究室では「研究をどう開いていくか」を重視しています。開かれた大学を目指し、大学と地元のつながりも意識していますし、研究室の扉も常に開放しています。その結果、町会の皆さんが研究室を訪れて、歓談していることもありますね。
早稲田の防災教育サークル「WASEND」と協力しながら、小学校へ出前授業を行っている
さまざまな角度から建物・人と関わり
デザイン思考を身につける
早稲田の建築学科は、さまざまな角度からの研究アプローチが可能です。理工系の学部に身を置きつつも、社会面や政策面からも問題にアプローチできます。これは、総合大学の強みといえます。工学系かつ芸術系の学科ということで、どちらも学びつつ演習科目が多いことは大変ですが、その分身につくものも多いでしょう。そして、さまざまな建築物をすぐに見に行ける「東京」にキャンパスがあることも、早稲田の建築学科の強みといえます。
研究テーマを自由に決められるからか、私の研究室にはデザイン系や建築系、IT系など、さまざまな分野に興味を持つ学生が所属しています。主な就職先も、不動産開発や設計事務所だけでなく、コンサルタントやIT系、保険業など多岐にわたります。
私自身も、教員になる前は民間企業に勤めていました。その経験から「論文のための論文は書かない」とし、学生にもそう教えています。最終的に、研究を街へどう適応させていくのか。その空間像をしっかりと考えていくことで、自然とデザイン思考が身につきます。そして、ユニークな問いやクリエイティブな回答を出せる能力は、社会に出てからも役立つでしょう。
研究には、基本的に終わりも答えもありません。大変ですが、論文を書き終えてみれば「よかった」と思えることばかりです。特に早稲田は、「友人からの学び」がとても大きい場だと感じます。優秀な学生がたくさん集まりますし、大学は人が交わるところですので。建築学科に来る皆さんは、いろいろな人と関わりながら、自分を磨いていってください。
今後の展望としては、これまでの研究成果を社会に還元できる場を、次の10年でより増やしていきたいです。私が早稲田で教職に就いてから、今年で10年目になりますが、これまでは研究成果の蓄積が活動の大部分を占めていました。次の10年では「フエプロジェクト」を筆頭に、社会還元の割合を徐々に増やしてしていきたいですね。